2010年03月18日

3月16日、フィリピンに帰りました

お騒がせな、日本への帰国も、無事終わり、フィリピンに帰りました。

飛行機から降りたとたん、南国のムーとした暑さが、身にしみます。

日本へ帰国した、事点では、まだまだ寒く、日中は、小春日和が1日あったぐらいで、雨が降り、やぐらコタツを付けて、その中で、眠る日が多かった。

私の膝も、悲鳴をあげる前に、この暖かい国に戻れた事で、症状も緩和し、アレルギーもさほど、ひどくなりませんでした。

フリピンで唯一、この温かい気候と、花粉の無いことが、私に、幸福感を運んでくれます。

お店の方も、最近は、2年も居る、慣れた、コックのおかげで、味について、あまり、苦情は聞かれなくなりました。

私としては、ありがたいことだと思っています。

それゆえ、改めて継続は、力なりとの、思いを、今噛締めています。

最近、一番感じている事は、どうしたら当店の、お客さんに、より以上、喜んでいただけるか?と言う事です。

一つ、自分の店の名物が、出来ないものか?とも考えています。

もし何か一つ、これだ!!と言うものを見つけだせれば、それに特化して行く事は、できないか?

それは何か?ということを、探る事だと、思えるのです。

刺身や、すし、が出来ない(日本からの輸入は荷が重過ぎる)以上、それに変わる、日本の良き食べ物。

日本と、変わりないような、食材があるもので、フィリピンで簡単に手に入るもの。

それを、なんとかうまく加工して、提供すれば、誰にでも喜んでいただけるのではないか?と、試行錯誤をしています。

近々、その試作品をメニューに出すつもりでいます。

またイロイロご意見を、おうかがいしょうと、思いますので、其の時は、どうぞよろしくお願いします。



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posted by マスター at 11:00| 日記

2010年03月17日

おめでたい話

にわかに噴出した、長男の結婚話、どうも!覚悟を決めたらしい?

と言うより、結婚前に、どうも!おなかが膨れてきた、らしい?

どうも!私も、おじいちゃんに、なるらしい?

???と、疑問符ばかりだが!男が責任を取る気持ちになったことは良い事だ!

男にとって結婚は、人生の節目であり、けじめ、でもある。

私は、結婚!・・・・と、その話を聞いた時点で、大賛成に回った!

しかし、親として今度は、自分の『けじめ』を付けなければならない!

先方の親と会い、娘さんに対する、我が方の無礼を、お詫びする!と共に、順番の違い、その常識を教えられずに、今日に至った事のお詫び。

そして結婚の為、息子に、お嬢さんを、いただく事ができるか?

とのお伺い!、そための、挨拶を、させていただかねばならぬ!

そして、大急ぎで、結婚の日取りを決め、式場の手配を、(覚悟と同時に)本人達に、させなければならず、目の回る忙しさである!!

他の仕事は、全て後回し、私の予定まで、全てキャンセルになってしまった!!

でも、これは、私にとっても、大変うれしい!ハプニングである。

こうして子供は、大人へと、変身脱皮をしていくのである、しかし、これからがスタート。

男子一度決めた以上は、よりよき人生を、彼女と共に、生きられる様にしてほしいと、願うばかりである。(親バカかな?)


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posted by マスター at 12:00| 日記

2010年03月16日

日本に帰って

私には、日本に、3男1女の子供が、あります。

一番下の長女と、映画を見に行ってきました!・・今、注目の3D映画、アバターである。

凄いらしい!とは聞いていたが、映像が画面から飛び出す様は、臨場感にあふれ、さながらその現場に居るような錯覚に陥る。

未来に、異星を、人類が、資源を手に入れるため、征服しようとして、その星の生命体と戦争をするというストーリであった。

あながち無いとは言えないストーリーに、人類の身勝手さを見る思いがしたが!!

いやまて!!今の、中国の手法に似ている、なー?なんて!感じがしました。

全てが、金や、欲の為に、秩序を忘れて!!金が、神の領域に入ってしまい、まさにお金が、神様に、成り変わろうとしている姿である。

世界の後進国である、アフリカの、人達の、指導者が、利権を求め、中国に傾行している姿は、まさにこの映画とダブル目線であった。
時代は、映画や、風俗に、そして、メデアに、イロイロ現れる事が多い?、とも、申します。

そんな情報に現れる、現象が、普段日本のニュースを見ていない私に、新鮮に写るのでしょう?

たまには、本国へ帰らないと、いけないなー!なんて想いが、湧いて来たところです。


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posted by マスター at 12:03| 日記

2010年03月15日

1週間帰国します

4ヶ月ぶりに帰国いたしております、毎年のことながらこの時期に、日本国、国民として、国税の申告に戻りました。

まだ日本は寒いでしょうか?花粉はどうでしょうか?と心配しながら、帰ってきました。

私はひどいアレルギーで、日本にいると目や鼻がすこぶる調子が悪いです。

そんな感じでは有りますが、どうしても、義務として、日本に帰らねばなりません。

しかし、早々に、用事が終わり次第、日本をたつ、つもりです。

フィリピン!やはり!ここは、温かくてよい所です、花粉症も出ず、杉アレルギーもありません。

私にとっては、とっても、過ごし易い所です。

しかし、最近になって、少し社会アレルギーが、出てきました。

しかし、前から書いているように、私がこの国の、社会や、システムを、いくら批判をしても、変りようがありません。

また、この国の国状を憂いて、いくら批判をしても、私の、独り言の範疇でしか、ありません。

この国のあり方を変えなければと、正義観が、首をもたげて、国政を批判しても、私には、この国に対して、何の責任も、ありません。
参政権も、ありません、ただの厄介者の外国人なのです。

あるがままを受け入れるしか、すべが、無いのです。

政治家は、国民のレベル以上の事は、決して出来ませんし、国民のレベル以上の政治家も育ちません。

国を良くするのも悪くするのも、全ての責任は、一人、ひとりの、フィリピン人の責任なのです。


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posted by マスター at 23:00| 日記

2010年03月14日

こんなお客さんもいる

60歳前に、早期退職をして、世界中を廻ろうと思いたち、決心をして、家族会議を開き、遺言書を前に各人の取り分と分配を話し合い、決め、海外に出かけた。

女房からは、どこで死のうと関係が無いが、もし死んだら!遺骸だけは、すぐ見つかる所にしてくれとの要望が出た。

今は、1年で1ヶ月ぐらいしか、日本には、いない、そんな生活が、今年で、10年続いている。

世界中を歩いた、危険な目にも何度か合い、海外の危なさは少しは、知っているつもりだし、覚悟も出来ている。

今は、比較的安全な、このフィリピンのアンギレスに1ヵ月半くらい滞在するつもりだ。

僕はいろんな国の、端こ、の、所が好き、人の行かないような場所や、アラブ諸国や、戦争紛争地、アフリカなど、危険を少々伴っても

隅々までいろんな所ろうが、見たかった!!

早くしないと皆画一的な国になってしまう、まだその国の素朴なところうがのこつているのを垣間見る事がすきなのだそうだ。

こんな壮年の、豪傑もいる、フィリピンて不思議な国だ、そんな人たちが一時の休息に集まる。

実に不思議だ!なんて?そんなふうにも思える!!

一期一会、そんな面白い人たちに囲まれ、歓談を許される立場にいることを、ありがたく思う。



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posted by マスター at 15:00| 日記

2010年03月13日

世話好きおばさんと、久しぶりの再開


Filipino Dating, Singles and Personals

前回も紹介したが、もう!すでに、彼女の世話になって8組の日本人と、フィリピーナのカップルが誕生したと言う!!

どのカップルも、日本で楽しく暮らしていると言う。(どのカップルもかなり歳は離れているらしい?)

もう5組のカップルに、子供が誕生し、その度に、ニノン(筆頭見守り役)とでも解釈する?フィリピンの風習?、を引き受け

8人の子供の、ニノンになっていると言う。

日本人と、フィリピーナが、うまく行くコツは?と、聞いてみた。

少し年は、離れていたほうが良い、男は、女側が何も知らないと思い、言葉の壁や、常識の壁を、訓練する間、あたたかく見守る事が大切。

体は大人でも、頭は空っぽ、嫁にもらってから、始めて教育する!と言うつもりで、無ければならないことを、良く理解する事。

方や、女側は、まずフィリピンのことはすべて忘れる、だんなさんの体と、健康を大切にする、まず言葉を覚え、日本の風習を覚える。

そして、わがままを押さえる事(自由奔放に育てられ、怒られず大きくなるので)日本とは、完全に異なる。

まず行儀作法を覚え、つつしみを持つ!と言う事が肝心と言う。(彼女は結婚前に、その事を教えると言う)

日本人の旦那さんは、すでに他界し、日本での生活は18年に及び、それからフィリピンに移住し、最後を見取た!と言う経歴を持つ。

後は、お互い、二人の我慢と、生活の中で、愛情を育てることだと言う!それが一番難しい。

結婚後の、日本へのビザや書類は?その手続きは、誰がやる?

それは、昔プロモーションのエィジンシーをやっていた人が、安価で手伝ってくれると言う。

いいお嬢さんが、たくさんいる、誰かよい日本人はいないか(結婚を望む)人?。(同じ日本人だから、知っているだろう?)

いや待ってくれ、ここの法律で、メールオーダーは禁止されているし!!結婚紹介は法律違反!!

バカなこと、い・う・な!、何が法律違反だ!!結婚したい人同士が、出会う機会を作る事が!何が、法律違反だ!!

別に、女を売り買いしょう!などとは、思ってもいない、結婚したい人がいて、お見合いをしてもらう!

結婚の出会いや、機会を作って、何が法律違反だ!私は商売(金儲け)でやっているわけではない!。(お金はもらわないそうだ)

フィリピナーが幸せになり、1段のステップアップになれば、皆が幸せになる!という気持ちでやっている。

バカにするな!と怒られてしまった!。(こんな世話焼きおばさんもいる、大変失礼致しました、ごめんなさい!)


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posted by マスター at 08:00| 日記

2010年03月12日

1年ぶりの人(お客さん)

前、お見かけした事が、あります、お久しぶりです、と声を掛けた。

いや〜!忙しくてなかなか来れません、今、日本は大変です、どんどん仕事がきつくなっていきます。

しかし、他の人に比べれば、仕事があるだけましだ!何て、よく言われます。

今、仕事をやめれば、再就職が難しいので、我慢してやっています。

残業しても残業代が出ませんし、労働時間が1周間ごとに、決められ、その内で、仕事が間に合わなければ、効率が悪いと叱られる。

休みも取れず休日も、私服で来て、3時ごろまで仕事をこなし、帰ってくるなんて、ことは、ざらにあります。

休日を取れとは、言われますが、仕事のスケジュールが決まらず、休みを入れることが非常に困難でも、あります。

今回は、そんな隙間をぬって、休みを入れ、ここにやってきました、私の仕事は、コンピュウターエンジニアです。

今、企業は、人にお金を掛けないようになりました、企業にお金が無いのです。

しかし、技術畑の私にはスキルアップが一番大事だと思います、今日本は、人を育てないと、平均的な技術職の人しか育たず

これだと言う!一芸に秀でた、人がいなくなってしまうように思われます。

しかし私は、経営者ではないので、なんとも言えませんが、今後の日本ますます難しくなっていくでしょう?

こんな憂いを残す言葉が、良く聞かれるようになりました。

武田信玄では、ありませんが、人は石垣、人は塀、という諺もあります、人材育成こそ未来を切り開きキーワードでは、と思われます?

フィリピンも日本も、大変な時期に入ってきました!今後縮小する経済の、モデルケースを、早く探す事です。

いや、未来を切り開くのは、いっでもチャレンジ精神を持った、経営者です。

いや!必ず、死中に、活はあるものです、未来を見据えた経営に、期待したいものです。


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posted by マスター at 14:08| 日記

2010年03月11日

白人の日本食フアンが増えた

最近白人のお客様が、時々おみえになり始めた。

それも何度も繰りかえし、来てくださるのだ!!

おもいきって、側により、ハウーイズーイット(どうですか?)と、聞いてみた!

大丈夫、おいしいよ!!これまた!にほんごで!かえって来た!!

ここは、たくさんの日本人が集まっている、きつと!おいしいだろう?と思い入って来た!

やはり、ここは、日本の味がする、おいしいよ!と言っていただきました。

この方、京都大学に8年留学されていたのだそうだ!!

また違うリピーターに聞いてみた、う〜ん!!ジヤパニーズレストランにしては、刺身が無いし、さわらの照り焼きが無い!

どうして無いか?などといわれてしまい、返答に困った!!

ここのメニューは、インターナショナルな組み立てで、フィリピン料理、和風料理、インターナショナル料理と、

フィリピンに溶け込む努力をしました。

ですから、和風料理だけに、こだわる訳に行かず、難しい専門料理は省きました!

と、隣に座っていた、英語堪能な!お客様に、通訳してもらい切り抜けました!!

でも、その白人のお客様は、ジャー!ラーメンセット!!、やはり日本には、何度も行っておられ、日本食に、なれた人でした。

変り種としては、日本に2年間、英語教師として就職され、今ではアラブで仕事をしていますと前回聞いた方で。

今は、サウジや、オマーン、ドバイで、英語教師をしていると言われる。

ここのお店は、いつ食事に来ても、日本の味ですねと、ほめられた!

やはり日本の味は、日本人が、お店にいないと出来ないですね?、フィリピンでは、いろいろ日本食を食べたのですが!!

いまいち味が違いました、ここは、昔し、日本で食べた味がします!と、話しかけられた。

あーそういえば!、お客様は、。確か?二度目ですね!とお話すれば、いや3回目ですと言われてしまいました!!

帰りがけ、ありがとうございました!と、お声を掛ければ!!またきます、と返事をいただきました。

とても嬉しかったです、またのおこしをお待ちいたしております。


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2010年03月10日

久しぶりのマニラの夜

友人に着いて久しぶりにマニラの夜に出かけた。

ここ、アンへを朝9時に出発、マニラのサウスモール(SM)メガモールとシャングリラホテル、ここでお茶を、飲んだ。

ダ、ポートボニファシオの、マーケットマーケット(モール)を見て、その新しいビジネス街と、新興住宅地を見て周り。

マカティと、旧市街、城壁に囲まれた、イントロムロスの要塞に、マニラ大聖堂そして旧ツーリストベルトの、マビニと、

デルピラール通り、そこにあるLAカフェに寄った!!。(視線の強さと、売り込みの強さに、驚かされた)。

夜になったのでPICC(マニラ湾のデートスポット)を見てから、前々から、マニラで食事を共にしましょうと、お誘いのあった、

東京のAさんと、その友人の方と合流し、日本橋亭で楽しい晩餐となった。

話題は、もっぱら私のブログ、知りえた情報を、脚色せず、ポイントをはずさず、真摯に書いている事をお話し、

その内容の一部に触れて、大笑いの席となった。
前々から私のブログの読者であり、ファンでもあるとか!ありがたい読者が、多いものだと、いう感想を、もった!

歓談も、2時間を越え、食も進み、大変満足した夕飯となりました。(大変ご馳走になり、ありがとうございました)

Aさん達とは、そこで別れ、私達は一路、エドーサコンプレックスへ、売り込みのきつい女性達をかき分け、今度は、カラオケ。

べっぴんさんの、ホステスが大勢いるお店に行き、カラオケを楽しむ。

お店を出れば、もうすでに時計は、午前2時を過ぎている、さすがに疲れも出てホテルに向かう。

翌朝、10時にホテルを出て、アジアで、一番大きいと言われる、モール、オブ、エィジアを、見学しに行き、朝食を取った。

友人を11時過ぎにエアポートに送り、少し寂しいが、再開を約束し、帰途に着いた。


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posted by マスター at 16:53| 日記

2010年03月09日

スービックの見所

いつも行くスービックの見所と言えば、元海軍基地のあった、スービック、マリーナベイ、そしてお隣のバロィ、ビーチ。

国道(バレート)沿いの、新しく出来たゴーゴーバー、原生林を利用した、サファリパーク、(ズービック)。

外洋のビーチ、そして、シーパラダイス!!しかし日本の設備からすると、少し見劣りがする。

しかし、フィリピンの人達からすれば、大変人気のあるスポットだ!!。(観光バスがひっきりなしにやって来る)

今回お連れした、3人の日本人と、そのパートナーの女の子達、いささかお疲れ気味、いや!日本のフィリピンクラブで

いつもアンへまで行くが!スービックに行った事が無い!と話していた。

なんせ、行くお店の名前が、スービック、一度ぐらい、行って御覧なさい!と!言われていた!らしい。

が!!、いままで、行く機会が、全然無かったので、今回ぜひ一度行ってみたいとの、ご要望であった。

行かれる動機は様々だが、前回、スービックを通り越し、約1時間半も車で走ったサン000の海辺の片田舎にお住まいの

日本人を、友人のご要望で、訪ねたことがある。

穏やかに、時の流れを楽しみ、何も無い所で、(海と生活道路だけ)サリサリストアと、現地カラオケ(KTV)を作り、

己が向くまま、気の向くままそんな暮らしをしている人を、訪ねた事があつた。

それも生き方、それも人生、私の、計り知れない、思いも着かない、いろんな生き方があるものだと思ったものだ!

しかし、それで!いいのだ!人生はその人のもの、くいの無い生き方をすれば、それでいいのだ!!


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posted by マスター at 13:44| 日記

2010年03月08日

ドアを開けて驚いた!

聞いた話) 何か?隣の部屋で騒いでいる!!

隣は、友人の部屋、何事かと、開けてみると、ベットの上は、血だらけ、女はバスタオルに包まれ、うずくまっている。

一瞬、パニクル、エーどうしょう!!、恐る恐る聞いてみた!

どうした!!の?いや!トイレがつまり、水があふれて困っている!!。(え〜何言ってるの解からなかった!)

ベットの上の血は?ああ!彼女が生理になっちゃって!!シーツを汚した!!。(な〜んだ!!)

どうも生理用品をトイレに流し、詰まらせたようだ!!今メンテナンスを呼んだ!

彼女は、どうした?どうもお腹が痛いらしい、なんだ!そんな事か!!

また!なんか?大きなトラブルが起ったかと、一瞬心配した。

血と、女のうずくまり、なんか?事件になっちゃった!と、心配したと言う!お粗末な一幕。

こんな事ってあるんですね!!後で、大笑い!!


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posted by マスター at 12:00| 日記

2010年03月07日

一年ぶりのお客様


時々メールをいただける、ゴルフ好きなお客様、3人の出迎えに、マニラ空港まで、出掛けた。

しかし飛行機の到着が、2時過ぎの為、アンへのフィールズ(ホテル)までの到着が、5時過ぎとなり、到着当日はゴルフが出来ず、夜のフィールドの、ホールインワンで、我慢していただきました。

朝スタートは8時、昼食を挟んで2回目のスタートは2時からの予定。

朝早いからと、夜は少し控えめにと、体調を気にする所など、本当のゴルフ好き!!

その内の、お二人は、以前、共にゴーゴーを廻り、楽しく飲んだ思い出があり、又お会いでき嬉しく思いました。

このアンヘレスに来ても、ゴルフを中心にし、クラーク基地内のミモザ、カントリーで、昼間に2ラウンドをこなそうと言う、豪傑たち!

翌日さすがに疲れたのか、ロイヤルガーデンで、ワンラウンドをこなし、後はホテルのプールで一泳ぎ、と!気力と、体力と、そして、元気に満ち溢れた人たちでした。

翌日すぐに日本に帰り、すぐさまハードな仕事をこなすと言う彼ら3名、戦士の、一時の休息に!なったのでしょうか?

2泊3日と言うハードな日程をこなし、帰っていかれました。

私の友人と成った、大0さん、大変、お気ずかい、いただき、ご苦労様でした!。(私も、とても楽しく、過ごさせていただきました)

これに懲りず、またのおこしをお待ちいたしております。


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posted by マスター at 13:00| 日記

2010年03月06日

神風記念碑に慰霊参拝

日本から訪れた、お客さんに付いて、神風(しんぷう)記念碑を訪れた。

日本の九州、明太子のお国から来られた、7人組のお客さんたちである。

私のブログで、しんぷう特別攻撃隊を紹介して、初めて、ご案内を引き受けた、慰霊者の方々でした。

私は、決して戦争肯定者ではありません、むしろ戦争は憎むべき事柄だと、確信している一人です。

しかし、ここフィリピンで、お亡くなりになった、幾万の将兵に、祖国のために戦っていただいた感謝と、彼らの屍の上に、成り立っている繁栄に思いをはせ、心からの哀悼を捧げる事に、間違いはありません。

花束も供えられ、感激しています、二度と戦争は起こすべきではないという、お気持ちも、お聞きいたしました(同感です)

それと共に、心を合わせ、敬礼をされた、この方々も、思いは同じ、心から、深く、感謝を述べる次第であります。

戦争を知らない世代が増えた、今日この頃、いくら口をすっぱくして叫んでも、関心はどんどん薄れていきます。

今ここで生かされている事こそ、何も言わず、死んでいった、若き飛行機野朗達、海軍飛行隊のわが先達者に、望まれて、生かされているのかも?しれません。

心を寄せる想いとしては、時代が時代なら、私も、同じ道を、たどったのでしょう!!

そんな思いを持ちながら、現代を生きる者として、その責任の何分の一か!でも、お返しが出来るなら、ここにいて、皆さんに、紹介を続けて行きたいと、思っています。

日本兵は、敵と戦う前に、この国では、飢えや!病気と、闘わなければなりませんでした。

日本軍には、後方支援、補給路という考えはありません、あったにせよ戦局は悪化し、大本営にしても、もはや!そんな余裕は
無かったのでしょう?

日本軍の兵士達は、全て現地調達で賄わねばなりませんでした。

その為、いらぬ殺生もしたでしょう、フィリピンの人々に、大変なご迷惑もかけたでしょう!

そんな時代といえば、それだけですが、今ここで、いや!ここだからこそ、民間ドネイションだったり?

繁栄を招いた人たち、としての、慰霊という考え方に、たち帰って、いきたいのです。



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posted by マスター at 11:00| 日記

2010年03月05日

2月を振り返って

ここ、2月の間中、大変忙しい時期を経験しました。

日本で言えば、ニッパチと言い、2月、8月は暇な月と言われていましたが!今月はお客さんも多く、大変忙しく過ごしました。

久しぶりの、お知り合いも、たくさんお越しいただき、大変ありがとうございました。

店がオープンし、早2年と6ヶ月早いものです。

段々とお客様も増え、顔見知りになったお客様も、多くなりました。

私のブログも、いろんなお客様から、ご批判や、励まし、応援メールなど、直接、たくさん、いただける様になりました。

大変ありがたく思っています。

今後とも、精進して行くつもりです、よろしくお願いいたします。

お礼方々、ご利用をいただく、お客様の皆様に、感謝とご恩礼を申し上げます。

ウッドベル店主 鈴木


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posted by マスター at 11:17| 日記

2010年03月04日

マカオに行ってきたパートV

三日目7時まで、フリータイムを利用して、色いろな所や、ホテルを見て廻った。

大きさとスケールに驚いた各ホテル!その中でも取り分け、びっくりしたホテル2っを紹介しょう!!

日本では、昔,高級ホテルを良く利用した事がある私でも、スケールで、度肝を抜かれた、ベネチアホテル。

ベネチアの街を模造した、大きなホテルである!メインロビーは、イメージ的に、床も天井も、有名な教会と同じように造られている。
あまりの広さゆえに、迷子になりそうだった!!






特に、ホテルの中に作られた?水路に、小船を浮かべ、人を乗せて廻るとか?。(それで有名・・?)

人、伝えに、聞いてはいたが、それがホテルの3階のフロアーに作ってあるとは、誰も思わない

ボートに乗りたい!どこにあるか?と、ホテルマンに聞いてみた、サウスフロアーに上がれという?・・?






ボートのある水路を聞いているのに!3階だ?!、何を寝ぼけた事を言うか?・・3階から水路を伝って、地上に降りるのか?・・?

他の、ホテルマンにも、聞いてはみた!が、答えは同じ!それではと、何はともあれ、まず3階に上がってみた!!

一瞬外に出た(屋外に出た)と錯覚した!!雲と空がある!!え〜〜!!なんか変!川にボートが浮かんでる??・・ん〜!

両サイドには、商店と、出窓で町並みが再現され、昔行ったことのある、ベネチアの作り、そのものである。

空は、絵で書かれている!!水路も細長く距離の長〜い、大きいプールである!!やっとホテルマンの言った意味が、飲み込めた。

ぐるりと、歩いて廻るだけで、小一時間もかかったであろうか?・・・歩き疲れで、足が痛い。

もう、下に降りようとするが、エレベーターも階段も見つからない、下に降りるにはどうしたら良いか?と売り子に聞いてみた。

あの、柱の、後ろ側に、エスカレーターがあります!!聞いてはじめて解かる、作りになっている。

距離の長い、大型エスカレーターに乗り、着いた場所はカジノの中、もう驚かされっぱなし!!

高級感も、ものすごくあり、自分だけ!なんか場違いな所に?いるような感じがした!!。(お金がいくらあっても足らない感じ)






もう一つは、ホテル、ウィン、ここはアトラクションがすごい!!

前面エントランスにある、建物の外のプールでは、水のショウがあり、ダンシィング、パウンティンと呼ばれている。

エントランスを横切れば、巨大な中庭と、買い物フロアー、延々と歩いていけば、また一段と人だかりのする場所に出た。

そこは、バツクサイドのエントランス、今まさにアトラクションが始まろうとする所、開いた天井には、オーロラ!!

下からは、天に昇る黄金の木、が現れ、その上に、降りてくる、シャンデリア!!その輝きは、全てダイヤモンドで、造られているとか。





照明もさることながら、十二支の、柄との、金型図工絵(カバーの為にある)は、それだけで見る人々を驚かす。

それが機械仕掛けで、全て動き出す!!と、き・た・もん・だ!!から、またまた、びっくり驚いた。。

そんなアトラクションを見て、すごい!!唖然、圧巻とする、私たちが!居ました。

なんとすごい所だ!!帰りたくない!!そんな気持ちになりました。






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posted by マスター at 13:00| 日記

2010年03月03日

マカオに行ってきたパートU




二日目、迎えに来たバスに乗り、半日観光が、始まった!!

驚いたことは、たくさんのフィリピン人が、乗り合わせている!こんな所まで観光に来るフィリピン人(中産階級の人達も増えた)
も沢山居ることを認識した。






約1時間を掛け、いろんな場所の、いろんなホテル(高級ホテルもある)から、ピックアップする。

まずは、ホテルの数の多さ、ホテルのスケールの大きさ、(フィリピンンの大型ホテルの5倍はありそうだ)に目を奪われた。

日本のホテル、オオクラも最近工事が再開され、完成を急ぐ(前回の金融危機で工事が一時ストップされていたのだそうだ!)





それに、一棟一棟、個性を競い合うように、建てられ、作られたホテル達、中に必ずカジノを併設しているという。

バスでマカオをくるくると、周り、だいたいの位置と場所、配置地形と、周囲とが把握できた。(ホテル回遊集客のおかげで)

バスは、寺院を模倣した作り物や、山、イタリアのコロシアム、(いずれも大掛かりな造作で、商店街や遊歩道が作られている)

海上手前に作られた、まるで、テーマパークのような場所に降ろされた。






ぞろぞろと、その中を歩き、すぐさま又バスに乗り込み、世界遺産の教会の前面が残る教会跡に着く。(以前も訪れた事がある)






そして、商店街が立ち並ぶ通りを経て、ホテルでのバイキングの昼食、午後からは、有名な寺院と、マカオタワーの見学という組み立てで廻った。




以前マカオを訪問した時、その時は、世界遺産の教会の前面を残した建物の横から、砲台に登り!!

そこから眺めた海は、印象に残っていたのだが!!現在、目前は見えず、もはや縦横の幅の大きな、カジノホテルの、ビル群に視界を、さえぎられ、海が見えない、マカオ本島は、ビルの群れに占領された形だ。

又寺院の横から見える、中国本土には、空き地や、未開発の山々が、立ちすくんでいる。

そのギャップ又なんとも言えず奇妙に写る。

そしてマカオタワーに上り、景色を見たり、ジャンピング(タワーから命綱をつけて、飛び降りるスポーツ?)を見た。

観光の概要は、こんな様子であったが!それにしても驚きの変貌ぶりである。





隔離された夢の島に、一獲千金を目指し、いろんな国からやって来る人達で、各ホテルの中のカジノでは、人だまりが出来ている。

しかし私は、賭博の才能が、無いため、見るだけで、一人ため息をつくばかりであつた。





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posted by マスター at 23:36| 日記

2010年03月02日

マカオに行ってきた(2月22〜24まで)

昨今、開発が進み、東洋一のギャンブル王国になったと言う、マカオに、行ってきた。(初日)

2007年にオープンしたと聞いた空港は、海を埋め立てて作られていた。(夜に着いたので周りが海ばかりとの印象しかない)

クラークからは、夜7時頃の出発で、約1時間50分のフライトだ!!

マカオに着いたのは、約PM9時、ネオンに包まれたホテル群に、まずは驚かされたが、まだ全体像が把握できていないので

ふ〜〜んこんなものか?程度の感動であった!!






ホテルは、マカオ本島の、エンペラーホテル、繁華街も近く、歩き回れる場所の立地で、比較的安いビジネスホテルに決めた。

ホテルにカジノは無く、2泊3日の日程をこなすには丁度良い。

夜中近く、町をふらついてみたが、治安も良く、ネオンが煌々とついて、とても明るく、眠らない町との印象が強い。

高級品のローレックスまたは、金銀細工のお店が立ち並び、人どうりも多い、散策、散歩の途中、お客が多い、街中の食堂に入ってみた。

日式(日本しき)と書かれたメニュの中から2〜3ほど選んで食べてみたが、まずくは無いが、いまいち違和感のあるものばかりであった。
前回訪れたのは約12〜3年前?(いやちょっと忘れた)まだ(冷戦の産物で機銃をそなえた)トウチカがあった。

マカオと言えば、カジノが1っ2っと、マカオラリーぐらいの知名度で、両島を結ぶ、海上立橋が開通したばかりという時であった。

それから幾年月、マカオは生まれ変わった!今見ている現実は、昔のイメージとは全然違う!!

だいたいが、町並みとネオンの数が違う、海峡を渡る、陸橋の数は3っに増えていた、明日は半日観光が待っている。

9時半出発だと聞いている、きっと、明日は、全体像が見られるだろう!と期待して、眠ることにした。

しかしここは寒い、コートがいるのではないかと思えた。

ネットで調べた時は今は、20〜23℃位であると書いてあったのに、日中との温度差は、激しいと行かれる方は心得てください。


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posted by マスター at 15:16| 日記

2010年03月01日

ある結婚


Filipino Dating, Singles and Personals


様々の結婚がある、男と女どんな結びつきが理想なのか?それは誰にも、解から無い。

今回メールで知り合いとなった、00さん、日本からの友人がこれなくなった事情もあり、結婚式にご招待を受けた。

仕事の都合で私服での列席となり大変失礼致しました。

新婦18歳、夫、ナ・な・ん・と!私と同い年!!今年還暦(60歳)

一般論として、絶対うまく行くはずがない!!・・こんな声をよそに、賑々しく披露宴は始まる。

少し遅れて列席をする!!私とほか1名(日本人の私の友人)

見ると、なんと!そこには、私も驚くほどの美人が初々しく座っている。





え・!・!・!・と声も出ない、まさかそんな事!!私もよく言う、まさか?おじさんに!こんな綺麗な18の娘が結婚なんて!

しかし、その花嫁は、いっしょうけんめいに、日本語を勉強し、1年近くかけて、嫁ぐ準備をしたという。

いや!こんな結婚もあって良い筈、こんな事がありうる国フィリピン、それは、それで男の勲章である。(美人花嫁を獲得した)

いや!金にものを言わせて、無理矢理結婚をせまった!のであろうと、邪推家は、言うかもしれない?

しかし、正式結婚ともなれば、金だけで、若い娘が、うん、とは言わない!のも、方や真実である。

どんな結婚であれ、この二人に100年分の幸せがくることを祈らずにはいられない。






花嫁の顔を見るたび、ジェラシーが湧き上がってくる!!。(新郎の首を絞めたくなる!!)

しかし、相手は何も知らない18歳、今後、彼女の面倒を、全て見なければならない、覚悟も必要です。(たいへんだぞ!)

安易な道のりとは、行かないであろう事も、経験的に解かりますが、こんな結婚であればこそ、後に続く者たちの、先駆者として、幸せになってほしいと思う、次第であります。

それにしても、うらやましいと思う私でした!!


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posted by マスター at 19:18| 日記

2010年02月28日

特攻隊の慰霊に行ってきました

今回フィールズに来たついでに、特攻隊の慰霊碑に参拝して来ました。

観音様や、特攻隊の、基地後の、ウエストフィールド、イーストフィールド、防空壕跡、等、フィリピンの方々によって守られている
記念碑に、感動を覚えました。

戦後、もう65年もたち、人々の記憶から無くなっているのでは?ないかと思いましたが!!

今回、フィリピン人の人達の手で、守られている事が解かり、日本人として少し、恥ずかしい思いを抱きました。

アンギレスと言うと、ただ、ただ!ゴーゴバーの記事しか載らないこの現状!!もう少しいろいろな方に、こういった
史実があったことを、覚えて、ほしいと思いました!

等々との、ご感想をいただきました。

戦争の歴史など、平和で繁栄をしている日本人には、過去の遺物にしか!過ぎなくなって、いるようです。

先人達の、屍の上に成り立つている現状を、もう少し考えたほうが良さそうにも思えてなりません。

戦争を知らない私達の世代では、誰もこのことを語り継ぐ人がいないのでしょう!

心ある方はどうか、一度でも良いので、歴史の道を、感謝を持って、参拝してほしいものだと、思っています。

今この地で暮らす日本人の末裔の一人として。


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posted by マスター at 12:00| 日記

2010年02月27日

4年半一緒に暮した彼女と別れた

自分の奥さんとしての!付き合いであった!なのに、今、荷物だけ残し、出て行ってしまった!!

別れ際に3か月分の、小使いを持たせた!何せ、何も知らない女だった!!

初めての出会いは、通っていたバーで、店に来て1週間目の女で、新人だと、ママに紹介され、最初のバーファインの男になったのが
切っ掛けであった。

そして、何度目かで、家に引き取り、生活を始めた!!

当時、彼女は18歳、自分は60歳で!あったとか!!

最初は、よく言うことも聞き、言い付けも守った、日本語の勉強も始めたし、ダメは、だめとのしつけも、常識も教えた。

しかし、2年もたつと、勉強はしなくなり、家族、親戚を、家にたくさん呼ぶようになった。

自分が、日本に帰ったときなど、家の中は、親戚だらけ、食べるものから、生活費、全てこちら持ちで、彼女の持ち金など、
すぐ底を付き、金送れコールに往生した!!また、帰ってもらう為に多額のお金も出した。

しかし4〜5人は、どうしても帰らず、別に安いアパートを、借りてやり、住まわせ、最初の3ヶ月の家賃を払い、後は自分達で!
という約束もすぐ反故にされた。

夜遊びが激しくなり、かえらぬ夜も出てきた、私のお金を次々使い、全て私が彼女の付けを払う日がつづいた。

渡した1か月分の生活費も、3日で消え、堪忍袋の緒が切れて、別れる事を決意して追い出した。

深いため息混じりだが、今後はもう特定な女は、作らない!適当に遊びますと、自戒されていた。


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posted by マスター at 13:00| 日記