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2014年06月29日

最近の日本は自主独立にすごい力を発揮している

アベノミックスの話ではありません。

各分野で すごい発見がなされている と言う話です。

きっと 日本は何が強いか、何を研究すべきか やっと的が絞れてきたのでしょう?

ミドリ虫が燃料に、貝殻が割れないガラスの様なものに、ウナギが完全養殖に。

各分野すごい発見があり、全て実用化になり始めている。

これも化学が 今 人間を見つめているからでしょう?

人間に何が大切か?人間の機能(内臓)と脳、体の 解明と生理、ホルモン。

脳の各部署の 今まで解らなかった事の解明。(人間の生体や感情、恋や愛についてまで解明がなされ始めた)

男は女の進化系?いろんなことが科学で証明されるようになってきた。

あと50年もすれば、コンピュータが全ての人間の一部をコントロールしているかも知れません。

それほど人工知能が発達してゆく事でしょう?(映画も数多くそんな事をテーマにした作品が出てきました)

今研究者の需要が高まり、一人一人の研究が脚光を浴びています。

そして正当な評価が それぞれの研究を、後押しする体制が整いつつあります。

今そのことが 日本の将来を決定づける 新しいパワーとして台頭して来つつあります。

テ レビを見ているとコマーシャルも変わりました。(新しい未来を感じさせるものが多くなっている)

新しいパワーが日本には溢れています。

いま 日本は脱皮を始めています このまま突き進んでほしいと願うのですが?

どうも、日本の制度がついて行けないみたいです。(規制が有り過ぎ)

この成長を止めない国作りを政府に早急にお願いしたいものです。

今回 自分の国に帰り、こんな感想を持ったのです、サッカーだけでなく!がんばれニッポン。


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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月28日

時代に合う遊びの達人

私はこう思っている、遊びには金がかかる、しかしそれは あくまで自分のリフレッシュ、息抜き、そして仕事えの活力剤にならねばならぬと!(見合う金額は自分で決めるものだ)

多くの(人は)ここに来ている遊び人さん達は、かえってストレスと疲れを貯めて帰る人ばかりである。

ほんとにご苦労さんと言わざる負えない。

だが 此処に私の知っている見習うべき一人の遊び人がいる。

しかし彼も、今までは 七転八倒の遊びに翻弄されていたというが、ある時ふと気付いた!

私は何を求めて ここに来ているのだろうかと言う事の?本質に気が付いたと言っていた。

最初は、安く遊べると思い やって来たが、結果は安く遊べるどころかトータルでは使いすぎの現象が起きる。

来るたびに 雑菌 淋病 梅毒の何がしかを持って帰る?

いつも抗生物質のジストロマックスを常備薬とし、半年ごとの献血でエイズ検査 気づまりの連続。

自分が気に入り、少し親しくなれば 日本まで金の無心をされ 後は行方知れず!なんてね!(と笑う)

こんな事を長年 重ねていた!と言うのだ!

しかし今は本当に気にいった人と模擬恋愛をし、休みの期間をエンジョイしていると言う。

フィリピンに来れば空港まで迎へに来てもらい、何日間のお世話をしてもらって帰る(その間海や旅行にも行く)そんな事を定期的に繰り返していると言う。

あくまで金を介した遊びで 定額の毎月の渡しで相手も納得していると言う。

今では、バーホッピング(ゴーゴーバー)も飲み物だけ、1夜だけの付き合いではまともなサービスもしてもらえない?

いくら店で良いパホーマンスをしても外に連れ出せば、まるで別人のような子が多い!(経験ありの人も多いかな?)

ホテルに帰っても今の彼女とついつい比較してしまい、金をどぶに捨てたと後悔する事が多くなった。

確かに最初は体が一番と感じていたが、今では心の通い合う事が一番大切だと悟ったという。

体も心も良くフィットする彼女は0000さんの紹介で知り合った。(事前に病院に行き検査をする、こういう付き合いこそ大事)

でも彼の紹介は、パートナーを選ぶの 嫁さんを選ぶと同じ事、あくまで選んだ人を慈しむのは日本と同じ。

大切にすれば向こうも大切にしてくれるが、でも あくまでこれは契約事にしておくことが大事で あなたの払える範囲で止めなさいとアドバイスされた。

結婚ではないのだから、ある意味で割り切りも必要。(余分な金は渡さない、女の身内は避け 家に呼ばないとうルールを作る)

不特定多数と交わる事を止め、遊びと契約ごとを別けて 女性との交流を中心に据えただけで これだけ人が変わる。

そんな遊び方の人物と出会いがあった。(身近な人なので以前から私は良く知っている)

こんな遊び方の方が スマートで目立たない、ゴーゴーバーで金をばらまく韓国人や、今日は誰にしょうと 女を血眼で探すスタイルは、もうやめにしたら!(みっともないだけの様に思われる)

それに団体で、あれがいいとかこれが良いだとか、あまり目立つのも良くないのものだ。

さりげなく2人くらいでペアーを組み軽く流すくらいにしてみたら?どうでしょう。(バー街で遊ぶなら日本人と名乗るな!韓国人で通してくれ!と言っていた知人の気持ちが今なら良く解る私です)



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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月27日

どんどん外食産業の出店が相次ぐフィリピン

フィリピンにも日本のチエーン店(コーヒー、ラーメン、牛丼、)の店が続々出店してきています。

セブンイレブンや、ミニストップと同じ業態の 日本からのチェーン店もマカテイにお弁当を引っ提げてやって来ました。

その他 従来からあるフィリピンのチェーン店なども、今までとは違い、いかに味を良くするか、見栄えを良くするか?の成熟期に入ったような気がし ます。

しかし一番問題なのが、売り値、一般的には100ペソから150ペソの上値で大衆化しなければならない為に 原価率との葛藤が続いていると思われます。

美味しく 見映へ良く となると!安値圏では原価率は最低でも60〜70%を越えます。

いかに人件費が安くとも、一人一つの事しか出来ないフィリピン人をコントロールするのは並大抵ではありません。

日本人なら1人で出来る事がフィリピン人を使うと3人必要になります。(中一人外一で出来る事が、中外で4人必要)

いや!もしくは、1年の研修を経てやっと役に立つと言う具合です。

ですから粗利3割では、もうギリギリの線です、でもスケールメリットがあればやって行 けるかも知れませんが?

最低原価率は5割までで 抑えないと難しくなります。

ですから 今までは、見栄えもそこそこ味もそこそこ(味も見栄えも良くない)のフィリピンの外食産業が多かった。

でも、99ペソで展開する店などは、見栄えで商品を大きく見せる為に 骨付きをそのまま焼いたり という工夫を凝らすようになった。

これも進歩だし、モールに入って居る店舗でも味の改良がずいぶんなされ始めた。

今まではメニューと実際出て来るものでは とんでもなく開きがあつたが、それも少しづつではあるが改善がみられる。(流行っている店はの話である)

やはり100ペソの原価5割では、あまり良い物は出来ない、なんせフィリピ ンは食材(野菜や良い肉類)の値段が ものすごく高い。

安くて良い物が本当にない。(これは断言できる)

悪くて よく無い 野菜や肉類は安いが これは提供に疑問符が残る!(普段のフィリピン人はこんな物を食べている)

寿命60歳台だと言うのは、現地のトロトロレストランを見れば一目でわかる。(日本ではほとんど昭和初期の衛生の有り様に思える)

いやー!これは日本人が厳しすぎると言われれば そうであろうが?(私には当たり前に思える)

まあ一概に批判は出来ないが 後は それぞれ見解にお任せするとして!

いろんな外食店のフィリピン進出には競争の原理が働き より切磋琢磨が進むだろう。

なので どこのお店も、これで良いなどと 高をくくっては いられない現状が出てきた。

そう 当店も同じである、これからは美味しいもの又は、自店だけのオリジナルに特化してゆかねばならぬ!

そんな時代がフィリピンでも幕開けしたように思える。


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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月26日

あくまで己が道をゆくブログでありたい

テーマや内容は 思い付きで決まるし 書きたいものを書くので 無理にテーマなど探しはしない。

いつも自然体で思い付きと閃き、ただ それだけで書いている。

だから 変な!とっつきにくいブログでは あると想う。(でもそれで良いのだ!)

解る人に解ってもらえればそれで良い、何を書いても最低1000人ぐらいの人は見に来てくれている。

でも!書くそれ以前には いろいろな本を読 むし、日本に帰ってからでも もう5冊ほどの本を読んだ。

読むものも 雑多の本ばかりで 見出しとタイトルで 面白そうだと感じたものだけを 読む癖なのだ。

今回はなぜだか 経済本は一つもなかった、案外 経済本は欠かさず読むが 今回は気に入った本が無かった。

アベノミックスで景気が良くなると言う本と、真逆に相対する本が多かった!と言う印象だけである。

でも 本来の景気などと言うものは 金融政策でどうにか成る物では無い、危うい景気回復だという事を、真に頭に入れて置かなければならない。

帰った途端にサッカーのワールドカップの話ばかりで、初戦負けで、今回は多分00だろうと不吉な予感がしていたが、本当になってしまった。

今回大敗して、本大会の出場の目が無くなって 少し静かになった、私の印象は 日本のサッカーもかなり進歩しているが!

世界の他の国のサッカーも それ以上に進歩しているのだ!という事が解った内容だったのでした。

私も決して オールジャパンチームを応援していない訳では無い、でもそれに分乗した お祭り騒ぎは好きではない。

応援も大切だが、負けた日本チームと共に悔しがり、また頑張ろうと言う意識の共有こそが 真の応援になると想う。

精一杯の力をだし、勝ち上がってほしかったが、厳しい社会で 何より結果がものをいう世界なのだ!

フィリピンで生きると言うのも、それに似た苦闘の日々だという事を忘れない事だ、甘く考えているとすぐ足元をすくわれる。

日本では赤ずきんちゃんさえも オオカミさんと融和を図ると言う、絵本の内容になっているそうだが?(甘すぎる内容だ!)

世界ではオオカミなどと、子供の女の子が一緒に居れば、すぐ食べられてしまいます。

フィリピン人や途上国の人が 悪い訳では無い、あまりに無防備な考えを持つ日本人が悪いのだ!(そこを理解しないと始まらない)

考えて、考えて、考え抜き どう逆転するか?どう防御するか?を研究し尽くす 覚悟が必要なのです。

これからフィリピンへ移住を計画されていると言うメールをいただいた方々に警告とアドバイスをしておきます。

あくまで人を頼っては駄目です、強さとは 自分の内側に有るものなのです。




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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月25日

時代は変わって行くのに変わらない意識と認識

少子高齢化の日本、いかにして子供を増やすかという重大な 課題に直面している。

しかし、まだ都議の中にも、お前たち 女と若者はもっと歯を食いしばって働け!

頑張って 結婚して、働 き、子供を産め!などと時代錯誤もはなはだしい認識の人もいる様です。

謝罪し 党派を離れた という事で、これ以上の追求はしませんが、案外男の心情と認識と言うのはこんなものかもしれないと想われます。

結婚したくても出来ない人もいるし、子供が欲しくても作れない人もいる。

そんな人達に優しい国作り、制度として子供を持てる国にしなければ いけないはずなのに?

心無いヤジを飛ばす なんて言うのは、その人の本心が現れている 証拠なのでしょう。

案外 問題を深刻に考えていない その人の深層心理の表れ かも知れません。(たぶんこんな日本の男性の意識が多い)

話は、ひるがえってフィリピンに住んで居る人 なんて言うのは、あんが い全てが解ってやっている確信犯。

日本の日常では味わえない冒険や、女性に対しての固執、何が起こるか解らないワクワク感で フィリピンに住んで居られるのでしょう?

そんな期待多い人達に、あれがいけない!これがいけない!こうしましょうと言っても、釈迦に説法となります。

今後20年で フィリピンの社会も、大きく変わっていく事でしょう。

世界は、格差社会になって行くも、世界中で賃金の最低基準と言う物が形成されていく方向に向かっていっています。

やがて日本人もフィリピン人も働けば、時給は同じという現象が現れて来るかもしれません。

何処の国でモノ作りしても、最低賃金は同じで、人件費も同じなんて 時代もやって来るのでしょ う?

どんな開発の遅れた国でも、高い給料を求める人がおり、生活できる最低限の給料を求める事は 人として当たり前の事です。

企業はいかに人件費を抑えて利益を自社に持ち帰るかを考えていますが。

どこのどんな国の人でも、どんな人間でも 人間らしく生活が出来る事を望んでいますし 求めています。

だからこそ賃金の世界基準が出来あがって来るのだと思います。

後は 教育の偏差を無くし、倫理を回復し 人間の痛みを回復する事になってきます。

その時に 今の韓国の様に、フィリピンでは2000年代の悪い買春日本人のレッテルを張られる事の無い様に。 

また、問題提起やら、日本国民に謝罪を求められる事が無い様にしたいものです。

歴史は証言者なのです。(ちゃんと映像が残り見られています)


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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月24日

現状報告

もう日本に帰って2週間がたちました。

そろそろ仕事も一段落して、今は フィリピンに送る荷物を荷作りしています。

荷物の重量が制限され、運送費も100キロに付、12、500円にもなってしまいました。

どんどん日本製の食材で一品を作ったり 味付けをしたりする事が難しくなりつつあります。

必要な味の素材や 調味料を 日本から運ぶことが輸送費の高騰で難しくなって来ました。(個人的には名古屋の味が欲しいのです)

日本は ジャパンブランドを世界に!と言いながら 円安や輸出の規制で高い垣根を作っています。

もう少し個人での輸出や輸入枠を増やさないと、草の根のジャパンブランドは育ちません。

地道な個人の宣伝に寄らなければ、良い味のジャパンブランドの芽は育ちにくいと思われます。

私も今後のフィリピンへの輸入をどうするか?考えなおさねばならない時期に来ているように思われます。

個人の商売が本当に難しい国フィリピン。

今年までに 私の知り合いも数多くフィリピンを撤退してゆきました。(異業種の方も多かったが)

商売で難しいのは、フィリピンで立ち上げた時の名義人との関係それがうまく行かず!

フィリピンでの商売を離れる人が多いのは、実際を見て来て感じ る事です。

でも!私は、現在進行形 指をくわえて止まっている訳にも行きません。

自分の信じた道をこう進もうと決意をしたのですから、やり遂げる以外に道はありません。

突き進む以外に、やりたい事の答えは、見えて来ないと想います。

こうしたいと!いう想いも マニラに有る日本食品を扱う一般食料品店から品揃えをして買って来たならば?

個性も何もなくなってしまう事でしょう!(差別化の基は仕入れに有ると思います)

安く提供する事さえできずに、どこで食べても同じだな!という様な店の味で、みんな横並びになってしまいます。

これでは面白くありません、この課題をどう克服するか?

明日からまた 考えていきたいと思います。


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posted by マスター at 23:01 | 日記

2014年06月22日

第四番目はブログで伝える事

それは、今後 日本人に海外では、 良識ある日本人になってもらう事を 訴える事です。

長年ブログをやって居るので 見ていると、このフィリピンブログ村にもいろんなブログが出てきました。

頑張っていても1年余りで消えていくブログあり、又 斬新な切り口のブログ有で 私も大いに感心し楽しませていただいている。

少し名が知れて来ると 誹謗 中傷 嫌がらせのメールなどで御苦労なさる姿なども ブログを通して見る事が出来ます。

まあ そんな批判や 便所の落書きは 無視をしていく事が一番よろしい様で、真剣に相手をすればするほど 相手の術中にはまります。

しかし、フィリピンで起きる事は ほとんど同じことの繰り返し、場面や状況が変わるだけで 今まで言われて来た事に変化 は有りません。

いや今まで 当ブログでも取り上げて来た事に 全て 当てはまります。(過去6年間の過去ブログにはほとんど同じ事が記されています)

1)危険なタクシー、強盗教唆、メイター改造、余分に料金をふっかける、薬物睡眠強盗 遠廻り 行き場詐称、強盗。

2)警察官の危険度、セットアップ、恐喝 脅し、まさに権力を着たヤクザ。

3)女性からのセットアップ、ネットで誘う、出会い系お店で誘う、カラオケ、ゴーゴーで嵌った人から(金を巻き上げる)

4)殺人強盗、命が安いので殺人者を雇う、金の有りそうなやつを狙う、保険金殺人、年寄りを狙う。

5)スリ、かっぱらい、子供のスリ軍団 睡眠薬強盗、置き引きなど 日常的に起きている。

6)交通機関の危うさ、バス、交通取り締まり、信号が無い、道路内の商売、道幅の狭さに勝手な交通規制に、危険な道路工事(等)

7)結婚、離婚、子供の問題、夫婦家族の問題で、どれをとっても複雑怪奇。

8)詐欺、困窮日本人、危ない日本人 事件の裏に女と日本人有。

9)危ない商売、だまされる事が多いお国柄、くれぐれもご用心を。

10)ビザや留学、土地(不動産)、家屋に、家庭や家族問題、移住 メイドにドライバー。

ほとんど同じ問題が繰り返し書かれているので、全て過去ログに網羅されている。

特にフィリピンでの遊び、女性に関するブログは 半分が嘘で、まず肝心な遊びに対しての リスクが書かれていない。

B型肝炎で苦しんでいる遊び人、エイズを移された遊び人、遊んだ女と一緒になって脅されたり騙された遊び人、日本への職場復帰が出来ない遊び人、嵌った遊び人の末路が書かれていない(良い女がいた、遊んでいい思いをした、簡単にヤレル、より取り見どり などいい事ばかりが書かれている)

勇気をもって 俺はこんなにフィリピンで大半な目に有わされたと告白されているブログが無かったが 今はある 素晴らしい事だと思います。(ブログ上で追体験できます、その心情を思えば大変ありがたい事だと思います)

私も勇気をもって日本人に訴えていきたいと思います、みっともない事をするな!

自分の行動をもっとスマートなものにしなさい、遊び上手も日本人の品位を上げるコ ツ、スマートに遊び感謝される日本人になりなさいと。


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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月21日

私に出来る第三番目の事

これからの海外での飲食店は(当店は)安心 安全で おいしい ジャパンブランドを目指す事です。

食の安全が叫ばれている昨今、フィリピンではその食の安全が なかなか確保できない常態で有ります。

水や 衛星面 退治しても退治しても出てくるゴキブリに鼠、当店では毎朝全面的に洗浄殺菌をしていますが 中々根絶と言うところまでは行きません。

食材の調達方法では 不衛生な市場からの調達はしない(でもフィリピン人レベルの衛生管理はものすごくずさん)でも出来る限りの衛生管理の有るマー ケット(所)で買う。(値段はフィリピン市場より3割は高い)

今後 木を使っている部分を無くし、裏や隙間からの侵入を防ぎ天井裏まで無くしたいが、店の構造上そこまでは出来ないが対策を講じる。

店内にハエや、蚊の居ない環境を整備する。

そして、日本からの調味料や日本ブランドの物で統一しすべて日本の物を使用する。

防腐剤が残存しない箸や、醤油、洗剤まで徹底したいと考えています。

でも現実には、お客様からは 見えないところばかりですが、撤呈して貫くつもりです。

今後ジャパンスタンダードを目指す、それが今後の私の姿勢です。


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2014年06月20日

私に何が出来るの二番目(お客さんとの対話)

計らずもこの地(フィリピンのアンへレス)でお店を構えている。

問題もいろいろあるが、今は私に信頼を置いてくれるお客さんが沢山いる。

これも お店を始めて7年目と言う根の降ろし方が 信用を後押ししてくれるようだ。

最近日本人を騙す日本人と言うものがクローズアップされている。

先日撃ち殺された、私の友人のIさん その殺し屋の後ろにも日本人が居た!などと?報道がされているが?

同邦としては、ものすごく恐ろしい事だ、一刻も早く 真実が明らかになる事を願う。

フィリピン人の後ろには、糸を引く日本人がいる、などと言う構図が出来ているのもとても残念なことだ。

少々の金でどうにでもなるフィリピンと言う国の現状況を浮き彫りにしている。

今の時代は、どこのだれに頼むかという事が一番大事になっている。(危機管理が大切)

この人に頼べば 大丈夫言う信頼できる人を選んで 頼むという事が大事になる。

ことフィリピンでは互いの信頼の置ける関係が一番大切な事なのだ。

金をケチって危険な目に合うほど馬鹿なことは無い。

一晩や二晩付き合って、何が待ち構えているか解らない女の所に、のこのこ出かけていく人や!日本語を話すが、訳のわからないフィリピン人に どこかえ連れて行ってもらうなど!危ない事を平気でする日本人が多い。

当然リスクが伴うし 3割の日本人が被害に合う、では他の7割はと言うと 知らぬところで多くのお金を払わされているだけで。

フィリピンには無料サービスは ありは し無いと断言できる。

どこにも根のない日本人に、共同経営やお金の管理をまかせ!仕事の協力を頼む、おかしいと思わないか?

ネットやブログの中に 大きな落とし穴がある事をつい忘れてしまう人も多く、外国に一歩出れば 自分の身は自分で守らねばならぬという事をもっとはっきり認知することが大事です。

フィリピンには、あまりにも何にも出来ない自称コンサルタントが多すぎる。

日本でもそうだが、100万払ってコンサルを引き受ければ、必ず倍の200万は儲けさせられる自信のない人は、コンサルタントはやるべきではない!(私はそう思うし 自分に自信のない事には手を出さない!それをモットーにしている)

頼まれた人の安全を、100%守れない人は、頼まれ事の依頼を受けるべきではない。

そこには、金銭の高い安いでは無く お互いを信頼できると言う絆が無ければ、無駄な依頼をするべきでもない。

だが私は、今この絆を大切にしている、いつも私を呼んで依頼をしてくださる人の信頼は裏切らないからである。

そんな方達からは、いつもメールで感謝をしていただいている。

それが私の誇りでもある。

今目指すフィリピンで何が出来るか?の2つ目はそんな信頼関係を築く事なのです。


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2014年06月18日

フィリピンで今後私に何が出来るか?

自分の従業員だけでも 生活向上を目指してみよう なんて思い立ったのは良いが?それからの方がもっと大変だった。

キッチンにも人を加え厨房4人体制、おいしい日本食を作るつもりが、無責任な働き手ばかりで やればやるほど こちらの負担が増すばかり。

教えても教えても4〜5カ月で辞める従業員に、店の味はばらばら、ちょつと目を離せば適当な事をやりだし お客さんからのクレームは絶えない。

こんな奴らには 任せられないと、個人奮闘するも バカバカしくなる一方。

仕事もしないやつらに 高い給料など払いたくない!

1日200ペソで十分だ!なぜこんな奴らに?なぜこんな奴らの為に?何をなそうと言うのだろう?なんて疑問がわいてきた。

自分には、真面目さのないフィリピン人の価値は 1日200ペソなんだと言う考えが湧いてきたのだ。

彼らの背景を知らないという事は、自分は あくまで上から目線で彼らを見ていたことになる。

そんな一方で このアンへレスにもいろんな事件が起こって来た。

当時の身近な友人の一人で 私のアドバイザーの一人でもあった(ギャンブラーさんが)後とから解った話だが 自分の奥さんの子供を撃ち殺した!と言う様な一報が入って来た。(この事件については私の初期のブログに出 ている)

http://woodbell.sblo.jp/article/14504529.html

フィリピン人に騙され 追い込まれた日本人と言う構図に、ますますフィリピン人に対する不信感が心の内に広まる。

はじめて フィリピンを深く考えるようになり、歴史や人間のありよう、日本とフィリピンの出会い、今度の様に日本に帰り本を読み、自分はどうすべきかを考えた。

まず教育が無く、規律が無く、常識が無い、今のフィリピンの有り様は 何が原因かと考えた。

良かった事、それは フィリピンと言う国を知らずに無関心であった、自分たちの責任でもあるという事を 自覚出来た事であった。

それから いつもフィリピン人がやる行いを、素朴になぜと考え疑問に思えるようになった。

大きく言えば流されるだけの 水の様な人達 それ がフィリピン人。

でも 水であるがゆえに どんな形にもなる事の出来るこの人達は まず型にはめる事が大切なのだという事を悟った事です。

自分で教育をし やるべきことを教える、相手に期待しない まず手本を示し、私とあなたはどうしたいか?を徹底的に話し合う。

相手の話をうのみにせず、相手の性格だけを見つめ 訓練しがいが有るか 無いか ただそれだけを見極める。

その上で まず第一は従業員の生活を安定させる事である。

そして給料は、実力本位で、やる気の出る金額まで上げる事を約束し、訓練に入る様にしたら人間も安定し始めた。

ウエイトレスも綺麗で可愛いという訳には行かないが、選別されて もう3年以上もいるベテランばかり が今は揃っている。

現在9人の従業員だが、まず彼らの生活を守る事が 今の私に出来る事の一つめであると自覚している。


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2014年06月17日

自分に出来る事で、自分で努力した事

まずフィリピン人の目線に合わせると言う事に努力を務めた、フィリピン人の金銭感覚にも合わせる事に努めたが これがなかなか難しい、そしてフィリピン人の家族や家庭を理解する事に努力を始めた。

すると いろんなことが解って来た、フィリピン人の考え方、家族の為に少しでも良い給料の職場に移る事を望んだり実行したりする。

だが、根があまり考える事が出来ない為、目先の金だけで移る事がある。

決して他人をを信じてはいないはずが?でも よく目先の金で騙される!

親子の絆が強く 子が親の為に 粉骨砕身幼い時から働く(親を尊敬し家族の絆が強い)ある意味では他人を信じないように家族で固まる。

弱者の心理で固まり 他を理解しようとしない、ましてや外国人となると、完全に信じない。

外国人アレルギーが有り、嘘やだまし、外国人の夫なら、自分の旦那でも陥れる事がある。

家族の為にお金を作る事には貪欲です、さまじい執念に似た物がある。

病気をすれば病院にも行けず ただ死ぬのを待つ!という悲しい定めが(思いが)金持ちを恨む気持ちや外国人に及んでいるのかも知れない。

今フィリピンで起こる事件や事柄には こういったフィ リピンの 負の部分が深く関わっている様に思う。

フィリピンの歴史 背景も勉強しないままで ここフィリピンに住んで居る事に危惧感を覚えた。

今までフィリピンの上辺だけを見て来て 都合の良い所だけを取リ入れて来た私、商売を始めるとそれだけではおさまらない。

一体フィリピン人て なんだ!もう一度自分自身に疑問符を突きつけられた。

それが解らぬうちは、フィリピン人は誰も付いて来ないと実感をした。

そこが、出発で フィリピンに着いて フィリピン人を知ろうとして努力した結果が今に至っている。

まだまだ解らぬことも多いが、貧困以外に もっと根深いものがあるように思えてならないが!

それは おいおい書いて行く事にす るが、出発時にはこんな事もなかなか理解できずにいました。

以上の事が解らぬ前は、こんな失敗を数多くしていた。


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2014年06月16日

今の私にフィリピンで何が出来る?

少し話が止まっていたが、もう一度 自分に問いかけてみた。

お店を始めた理由の一番が、自分の食べ物(日本食)を確保する事であった。

一度フィリピンで商売をし(何かをなす必要があり)やって見て 自分に目標を持たせることが重要だった。

ボーとしている事が多くなり、このままでは惚けるだけ(刺激がなさ過ぎ)

優雅に過ごし 生活し 自然の中に(海や自然を眺めるだけ)埋没するには、ゆとりと 残り時間が多すぎの様に思えた。

そんなデバガメ気分の理由で店を始めたが、大義名 分はフィリピンや他の外国人に日本食を紹介する!であった。

なにも フィリピンの飲食店の事を勉強をせず、ここアンへレスの立地も研究せず、ただ面白そうだからと 自分の想いを優先しての事だったが!

開店資金、や余分な金が有るからと言う理由だけで始めた為に、方向性に大きな間違いがあった。

日本の喫茶店の様な業態を想定してのスタートだったのだが?(コーヒーは日本から、などと想っていた)

自分がコーヒーなしではいられない性質で1日5杯以上は飲み コーヒー通を自称していたからと言うお粗末な発想だけであった。

しかし、オープンした お店の立地は そんな想いなど簡単に撃破し 低迷を続けた!

その時 いろんな日本人からアドバ イスを受けた。(ここはバーが喫茶店の代わりをする、色気も無い喫茶店では客は入いらんぞと!)

急遽 路線変更し 食事のメニューを増やし、可愛いウエイトレスを4人雇った。(浅はかな発想であった)

それまでは、隠居仕事と言う理由で、中(厨房私一人)外(接客一人)の2人の計画で、利益など少しで良いと考えていたが、甘かった。

従業員と言えばヘルパー二人のお店だったが、客が入らず4か月赤字続きで、半年やって もうお店は止めようと言う気持ちになっていた。

1日たった200ペソで雇えるヘルパー従業員だったが!そのお金も持ち出しなんて日が続いていたのだ。

店を閉めようと思い その話をした途端に、彼女たちの顔色が変わった!

マスター私達はどうなるの?少ないサラリーでも 子供や家族の生活が懸かっている。(悲鳴にも似た訴えだった)

若いし可愛いと雇い入れた女達には、すでに子供がおり、少ない給料が生活の一部になっていた。

今までは あまりフィリピン人には関わり逢わぬように、また仕事以外では何も個人的な話はしない様にと 努めて来た私だったが!

もともと、私のへたな英語では 日常会話が精一杯(彼女たちも同じで)あまり深い話は出来なかったと言う理由が有った。

それを聞いて以後 何とか彼女たちの給料を倍程度に増やせないかと考えた。(目標が出来ると何とかなるものだ!)

今まで日本人をターゲットにと言う考えは、あまりなかったが!(フィリピン人用の味 と値段の設定だった為)

客単価を上げる為に少しでも日本人に合う味と食事を開発し提供する事に目標を切り替えた。

フィリピン人と共に歩む、そんな事に少し目覚めた瞬間でもあった。


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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月15日

日本に帰れば野暮用がいっぱい

特に忙しいと言う言う訳では無いが、やり残したことが沢山ありました。

あれこれ見て回ると、すぐ時間がたってしまう。

帰国すると驚異的に時間が早く 短く過ぎてしまいます。(ブログもなかなか書けませんでした)

止めたはずでも、まだ仕事の事を考えている!

もういい加減!年なのだから?しがらみからの解放が必要なのだが?気持ちが落ち着かない?

しかし、実際は そうも言っても おられない現実がある。

いままで何事も 引っ張ってきた 責任がまだ残っているからだ!

でも、まだ責任を感じる気力が残っ ているという事は自分にとって大切な事だ!

すべての会社や商店は、そのお店を想う責任者(社長の)の思い込みで成り立っています。

その意図が切れれば、栄枯盛衰 どんな良い店や大きな会社でもすぐ潰れてしまう。

経営者の 思いや 情熱 入れ込みを どこまで従業員や後継者に伝えていけるかという事が大切になって来る。

ふと 昔に戻って 知り合いの店を何軒か訪ねてみくなった。

でも、もう何件か、昔のなじみが、店をたたんでいた!

此処もあそこも 店が無くなっている。

あれだけ繁盛していた店が、なぜ?

後継者不足が原因なのか?時代の波の変化に付いて行けなかったか?

資金不足か?店主が嫌になったのか?

理由は解らぬが、全て 始まりの店は 、店主の店に賭ける思い込みや 意気込みが絶えた時に店は閉まっている。

開業した ほとんどの店の閉店理由は、始まりからの1〜3年で、理由は様々だが!

儲かっている店や 儲からない店でも、店主のやる気や 気概が一番左右している。

儲からないから止めよう?気苦労ばっかりで身がもたない?少々の利益ではやってられない?

努力しているのに 風評で悪口ばかりは聞きたくない?など等 辞める理由は沢山あるが?

続けていくには、経営者の思い込みや使命感など、自分の内側の気力と気概 それしかない。

辞める事はある意味では 簡単だが、続けていく事には何十倍もの努力と気概が必要なのだ。

フィリピンでも それは同じ事なのです。

最近フィリピンでも起業が相次いでいます、ぜひ頑張ってほしいものだと思っています。



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posted by マスター at 13:28 | 日記

2014年06月13日

ただ今 急きょ帰国中です

今、日本に帰国致しております。

6月、日本は雨季に入りました、雨が降ったりやんだりの気候が続いています。

フィリピンに居る時日本は、暑いと聞かされていました、でも その割には すごしやすい気候が続いています。

夜は涼しく、快適に眠れます。(これなら日本にいるのも良いと思えますが?)

でも、年寄りとしては いたわられることなく、毎日こき使われて 忙 しく動き回っています。

明日は病院へ行きます、年を取ればいつも どこか?調子の悪い所が有るものです。

フィリピンではあまり 細かい所のケアーが出来ません。

たまには日本に帰り、あちこち 自分の体の 調子の悪い所を見てもらうのも、体のメンテナンスには大切な事で欠かせない事です。

年を取るだけで 皆病人です、気力と体力を取り戻すには たまには 日本へ帰る事が必要です。(息子や娘の様子を見、また孫たちの顔も見たい)

最低でも 年3〜4回帰る私には、日本の空気も新鮮に見えて来ます。

久しぶりに車の運転も しました、今回も危かしく 反対車線に入ってしまい冷や汗をかきました!(ボーとしているといつもの癖で日本の右側通 行を忘れています)

フィリピンで車の運転をする私は、左ハンドルに慣れ切っているので、肝を冷やしました!(左側通行の癖が出た)

出来るだけ 日本では、自分で車の運転は、止めようと思います。

ではまた 明日から、日本の話題も少し挟んで、日記を続けていきたいと思います。

フィリピンへの帰国は、多分 今月末ごろになる予定です よろしくお願いします。

ウッドベル 店主 鈴木



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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月12日

ハンドレットアイランドに向け出発

さあ!今日はハンドレットアイランドだ(100の島があるという海の町)

朝9時に起きた!

ビガンには、博物館があると言うので 連れだって見て来たが、管理や整理がまだ整っておらず、中は工事の真っ最中!

まだまだ先は長いと言う感じ?

古い時代に書かれた街の様子が ある程度解る スケッチが残っていたが、街の有り様そのも のには、あまり大きな変化が無く。

作られた時代のその物がそのまま残っていると言う感じです。

時代に合わせ 新しいモールも出来ていたりして、新旧混在で発展中で これからだ?と言う雰囲気である。

ホテルを11時にチェックアウトし、パンガシナンの100の島のある 海辺の町に向かって出発した。

車の走りは順調であったが やはり遠い、6時過ぎた頃には だんだんと夕焼けが広がり 日が沈み始めた。

まだ日のある間に到着したいと かなり飛ばしてきたが!やっとたどり着いたのは、日が半分海に沈んだ夕暮れ時であった。

それでもすばやくホテルにチェックインし、夕食としゃれ込んだ。

今日は珍しく 疲れと気分の良さが相まって 晩御飯でビールを沢山飲んでしまった!(結構 うまかった!)

真っ暗な海と海風が心地よい。

ホテルに帰る足取りも千鳥足で、ふらふぃら!道は少々暗い、街の明かりもまばらで 行くところも無いので 早く寝た。

翌朝ボートをチャーターして100の島めぐりに挑戦した。(小さな5〜6人乗りのボートで廻る)

海辺のホテルから見ると 固まって一つの陸地に見える島も、ボートに乗り近づくと?

本当に小さな島々が いくつもが点在し、集まる海のアイランド群だ!

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一つ一つの島に名前が付けられており、いろんな形状が見て取れる 。(亀島やワニ島と形状で名前が付けられている)

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大小の島には、一つ一つ特徴があり 砂浜のある小さな無人島から、洞窟のある島、宿泊施設のある島や、海水浴の出来る島と変化に富んで面白い。

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多くはボートからの写真であるが、小さく綺麗な砂浜のある無人島にも船をつけ降りてみた。

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ボートの案内人が1日8時間ずーと付き合ってくれる(1日貸切のボートに船頭が2人着き1日2500ペソ)

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最後に行った島には、コウモリが生息し、なん千 何万と木にぶら下がっている。

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この島だけ?こんなにたくさんいるコウモリ?不思議な現象だ!

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一体何匹いるのだろう?ものすごい数である。(写真の枚 数も自然に多くなる)。

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昔、アイランドホッピングをしたのは!かれこれ10年以上も前の記憶なのであまり覚えていなかった。

改めてこの地域の面白さを体感したという思いだ。



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posted by マスター at 18:33 | 日記

2014年06月11日

4時過ぎにビガン到着で感動

海岸線に近い所を ひたすら走り抜け、おなかがすいたが 何処にもドライブインらしき所は無い。

有るのは、チャウキングやマクドナルド、ジョリビーと言うどこにでもある看板しか 目に入らない。

田舎の1本道をひた走る、グリーン・ウイッチの看板が 有ったので ここにするかと?車を止めた。

看板の横を、ふと!見ると日本食らしき名前の店がある、ヤッターここだと!決めて中に入るも少し期待外れ。

それでも我慢して食べるも!味も期待外れで、やっぱり!!という事になったが、ビガンは此処からは、約1時間だと聴き もうすぐだと気持ちのテンションが上がった。

車を思いっきり飛ばしても 途中に道路工事の場所が有ったりで、時間をつぶされる。

そんな逆境にもめげず4時過ぎにVIGAN(ビガン)と書かれたサインの下を通り抜けて 街中に入り 今夜滞在するホテルを探して廻った。

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少しくすんだ町並みはフィリピンのどこにもあるような雰囲気で 少しテンションが下がるも!

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探し当てたホテルの 古いほのかなロマン漂うホテルの外観を見て、やっと念願のビガンに着いたとほっとする。

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古いホテルの形 古い柱や、梁の太い天井の骨組みに見とれてしまった。

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昔の様式を漂わせたホテルにチェックインし、さっそく表で待ち受けるカレッサ(馬車)に乗り市内見物に出かけた。

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馬車は最初に、これまた古い教会に案内してくれた、マりヤ像と古いベル塔のある教会で 中はやはり 木作りの荘厳な雰囲気がある。

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訪れる人の気持ちを厳粛にする教会を離れ、馬車は古い街並みを闊歩する。

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街を一周するが 色々な建物が崩れそうになっている、もったいない!もっと手入れをし綺麗にすればもっと観光客もやって来るだろうに?

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博物館も 今まさに改修と展示物の保存を始めたばかりという様な雰囲気?

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観光地を謳うには、まだまだという感じがするのだが?

やっと昔の財産を保存することの大事さが解って来たと言う感じがする。

フィリピンの観光事業の大切さが、市を巻き込んで一大事業に発展しそうな予感がします。

古 い昔の商店街のような街並み、希少なフィリピンの財産、ますます保存が発展し展開する事を祈りたい。

昔、戦争当時に日本軍が撤退の時、街並みを全部燃やしてしまえとの命令が出ても 一人の日本人将校が命令を無視して!

街を守ったと言う?美談もある街だそうだ!、今後ますます栄えて行ってほしいと願う。

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posted by マスター at 20:00 | 日記

2014年06月10日

5月の27,28,29に友人と連れだってビガン旅行に行って来た

私と同年代の K氏と共に 3泊4日の道程で遠くビガンの地にまで車で足を延ばす事にしたが、とにかく遠い道のりになる。

初日はバギオ泊まりで、ビガンは翌日に到着なる。

バギオは、前回も行ったので、山の上の町は、霧に包まれ 肌寒いくらいという事は知っていたが、改めて見直すとかなりの山間部を上り詰めていくし傾斜はきつい。

道すがら霧とも雲とも見さかえつかない景色が現れたり、突然ライオン姿の岩の出迎えに合ったりと道中も面白い、ちょっと止まって 記念撮影としゃれ込んだ。

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真夏のフィリピンに置いて、肌寒いバギオの地に 感動もひとしをの K氏 あまりの肌寒さに、香港風しゃぶしゃぶで暖を取るなど、気温の低さに 驚きもひとしお。

山の盆地の中央に池が有り公園になっている。(水のパウンティンもある)

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浮かぶボートのカップルも 何処か 肌寒そうな感じ!

高台に作られたSMデパー トのテラスから 見下ろす景色 霧にかすんで幻想的。

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古いピンクの教会も眼下に見下ろす。

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写真を撮り終え、教会を見ながらホテルに歩いて帰る、クーラもいらないバギオ、変わって毛布を体に巻きつけて眠るほどだ。

翌日、あまり眠れず体調が少し悪い 長距離ドライブになるのに?と、少し心配だ!

ホテルを10時に出発だが これから6時間はハンドルを握リ続けねばならない。

途中で不思議な日本食の店に出くわした KA か という名前だが日本食と言うのは名ばかりで おいしくない昼食をとり、気を取り直しビガンを目指し出発した。


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posted by マスター at 10:27 | 日記

2014年06月08日

今の私にフィリピンで何が出来る?

ここからが私の本懐だが、少し前置きが長すぎた。

そこにいくまえに最近起こった話を少し挟んでおきましょう!

一昨日84才で男性、フィリピンに長く関わり 最近45歳の女性と結婚された 男性がビザの事で、お尋ねにお見えになりました。

この方は、ボランティアで貧困層のスクオーターエリヤにお住まいになり、水道の引けない家庭や家に 水道管を施設して寄付したり、今はトタン屋根の内側に断熱材を張り 少しでも暑さをしのげるようにと、安い断熱材ではあるが、張ってあげると言う寄付をやり続けておられます。

御自身の生活と言えば、月額15000ペソ位の質素な生活をされており、ひたすら貧しい人の為にボランティア活動に励む生活をされているとの事でした。

私自身、頭が下がる面持ちでお話をお伺いいたしました、隣人を愛すると言う姿勢のこの方の中に 本当のボランティア精神を見るような面持ちがしました。

先年はカンボジアや、ベトナムなどにボランティアでお出かけになっていたようです。

今年からはフィリピンに腰を落ち着けるという事で少しわからない事があると 私をお尋ねくださったようです。

御自身は、小学校しか出ていないが、先の太平洋戦争へは10月に出兵の予定で 訓練に励んでいたが 8月に戦争が終わり、死なずに済んだという様な事も お話しいただきました。

またフィリピンでは尊敬する先輩達が 6人も レイテやマニラで戦死していると言う事もフィリピンでボランティアをされる決意の一旦であることもお聞きしました。

また、若い時には栄養失調や貧乏時代を経験し、今のフィリピンの生活など 全然平気ですと 笑う豪気な性格で 自転車をこぎ 当店までお越しになるという ものすごく元気な84歳です。

また結婚されたのでイミグレイションに結婚ビザを申請に行かれたのだが、英語の書き方が解らない事、奥さんとのコミニケイションが今一不安だという事でご相談にお見えになられました。(奥さんも良くは英語が解らないとの事)

銀行口座の作り方から 申請の書類まで事細かにお話はしましたが、6月10日に 日本にお帰りになるという事なので、8月にフィリピンに戻って来られてから 具体的な申請をされる様なので、出来る限りのお手伝いをすると言う約束をしました。

こんな方もいられるのだななんて!少し感動を覚えました。

日本のご家族も、このお父さんの活動を応援されていられるみたいで 3人の子供さんも、フィリピン女性との結婚を了解し、理解を示していられると言う。

自慢話は、お孫さんが2人東大に合格して頑張っていると言う話を嬉しそうに話されたことが印象に残ります。

私の人生は何もない所からスタートし一生懸命独学し 設計の仕事に着き 日夜努力し 子供を3人とも大学通わせ、卒業させる為に頑張ってきたようなものです。

今は子供さん達もそれぞれ独立され立派に成功されているとの事で後の憂いが有りませんと語られる。

その甲斐あって 今は自由にさせてもらっています、感謝ですと!おっしゃるIさん。

私の 私感ではありますが、まだ少し問題も抱えられている感じも致します?

英語もタガログも出来ないで、どう家族とコミュニケイションしているのでしょうか?

奥さんの連れ子を養女にしたいと言われるが?どうも奥さんも、最下層の出で 子供の出生届(レジストレイション)も出していない様すだ!

スクオータエリアに1人飛び込み 奮闘されているのは良く解るが、オオカミの中に年取った羊1匹こんな構図も危なっかしげに 私には見えます。

一度ご自宅にもお伺いして現状をお尋ねてみようと、想っている。

次回8月の再開をお約束してお帰りになったが、私も 期待と不安が交差している。


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2014年06月07日

日本軍の統治とやり方

アメリカ人は無差別に何の理由も無く気に入らないだけで人を殺しました、日本人は理由を言って思いっきりビンタを食らわせました!

こんな記述に現れています、統治の仕方と言ってもそれぞれの国のやり方が有ります、当時アメリカ人は 罪を犯しても責任を問われないと言う特権があり、言うなれば不平等条約の典型でした。(ゆえにフィリピンには、ゆるい統治と自由を与えたのです)

日本は、規律を大切にする民族です、まず規律違反をする者には鉄拳制裁が加えられます。(殴ったりけったりの軍隊方式です)

それがある意味では野蛮ととらえられた理由でもありました。

多くのフィリピン人は第2時世界大戦中に 日本人はフィリピン人を殺しに来たのだと誤解をしています。(特に教育の無い素朴な農民層がそう思っています)

日本はいろいろ努力した形跡が見られます、学校を開き教育をすべての子供に広げ、隣組を作り治安にも生産にも携わらせたようです。

しかしフィリピン人の心は なかな か掴めません『アメリカが敵でフィリピン人は敵ではありません フィリピン人は友達です』フィリピン人と親しくなろうと色々な事をやりましたが フィリピン人は、その言葉を受け入れようとは しませんでした。

日本人の言葉を信じられず、アメリカだけが自分たちの友人だとかんがえていました、そんな人達の考えとは、日本軍とは侵略者でありフィリピンを支配し、自分たちの欲しい物を持って行くだけの国と考えていました。

戦争後の記述で 日本軍は開戦当時60万人もの兵隊をフィリピンに上陸させています、食糧の現地調達を基本とする日本軍が一時的にせよ六十万人もやって来たのですから、フィリピンの食糧事情は一辺に悪くなったのに違いありません。

戦時中には日 本に占領された事がとても良い事だとは思えなかったでしょう!

アメリカの統治はある意味で白人支配の中では有ったが自由、公平、寛容が保たれていましたから。

それに比べ日本の統治は厳しく、あらゆることを徹底 強制していました、軍による統制は もっと厳しく、すぐ殴るという様な日本式で強制しました。

日本方式がフィリピンで受け入れられなかった理由は、日本軍占領以前は 白人文化を甘受していたので フィリピン人には自由が無い強制的なやり方は逆効果だったのではないでしょうか?

しかしこれらは戦争中と言う異常な事態の中で起こった事なのです。

アメリカも1899〜1901の3年間フィリピンンと戦争状態の中で独裁的にフィリピン人を殺し虐待しています。

当時のフィリピンと日本の関係は不幸な状況下の基に有りました、日本が占領していた期間内には平和で安定した期間が一時も有りませんでした。

いまさらですが もし日本が平和な時期のフィリピンを4〜5年でも総括 統治する事が 出来ていたなら、台湾や韓国がそうだった様に発展に拍車がかかっていたかもしれません?

フィリピン人に規律の概念を教え、国に対する忠誠心や 仕事に対する倫理観など、強制の向こう側には、きっとそんな事が見えていたに違いありません。

それなりの発展と発達がきっと有った事でしょう?(あくまで私の私感ですが今日の様なフィリピンでは無かったように想います?)

長い間フィリピンは スペインとアメリカ(白人)に支配され、常に抑圧状態にあり、自分達の独自の文化を発展させられないままに今日に至っています。

今もフィリピン人達は、自信と自分を見失ったままです これがフィリピン人だと言える明確なアイデンティティを持っていません。

私も、 日本同様に フィリピンの人達が 受難を乗り越えスペイン、アメリカ、日本と、一度は、支配と言う影響を受けた それらの国の 良い所を見習い 日本と同じ様に 江戸末期アメリカから無理矢理開国させられ 弱小国から富国強兵をスローガンに世界の強国の仲間入りをした様に。

他国から馬鹿にされないフィリピンの真の文化を取り戻して ほしいと願わずにはいられません。





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posted by マスター at 19:00 | 日記

2014年06月06日

フィリピンと日本の残念な出会い

此処からフィリピンと日本の本当の出会いが始まった。

それは、太平洋戦争が始まってすぐに 日本軍がフィリピンのアメリカ軍を攻め フィリピン国を占領してした時から日本とフィリピンの新たな出会いが始まった。

韓国、台湾の様な 統治の仕方が出来なかった事による、政策面の失敗もあり 致し方ない面もあるが!

何より物資の乏しい日本軍による接収が、大量の資源の略奪に見えてしまったのでしょう?

開戦当初は、フィリピン人も 日本のいや アジア人の解放を謳う 日本人による 白人支配に対する抵抗を もろ手を挙げて受け入れたのです。

それまで背が高く大きく屈強な 白人には、手出しも出来ずにすくんでいたフィリピン人達だったが、同じアジア人の背の小さい日本兵に銃剣を突きつけられ 引率され引かれていく白人を見て、強いアジア人(日本の兵隊に)胸躍る人々や少年がいた。(フィリピン少年が見たカミカゼ、ダニエルHディソン)でも戦争末期、不幸な出来事もあり日本軍の残虐さが今でも語り継がれています。

しかし 長い歴史の中で戦争中に 戦死者を出さなかった戦いが有ったでしょうか?

一例として、当時マニラの50万人と言われた人口の内10万人を(日本兵 民間人も加えた2万3千の守備隊が)巻き添えにして 死なせてしまった事実、責任は大きく、東洋の真珠とまで謳われたマニラを廃墟と化してしてしまった。

マニラの荒廃も今では アメリカ軍の艦砲砲撃によるものであり、死者多数の原因とされているが、日本は責任を免れる事は出来ないし 戦争と言う不幸な出来事に言い訳は出来ない。

ダニエルHディソンさんの言葉を借りれば『平和な時代に日本がいたらフィリピンはもっと発展できた』と言う一節に私は深い感銘を受けました。

つまり戦前は 白人支配の植民地でありながらも フィリピンには 安定した生活と繁栄が有りました。

アメリカの統治は寛容で法廷はフィリピン人に対しても公平であったと記されています。

当時フィリピンは白人文化の中に有りました、終戦後 無知で素朴なフィリピン人はそんな時代に戻りたかったのでしょう?

アメリカは 表面的にはフィリピンを対等に扱い アメリカの生産製品の消費国に仕立て上げ 素朴な農民たちの国として支配し、道路も工業化も無しに、国が発展する事のない生産基盤の無い国家にしておいて、それから長い間 鉛筆一つも作れない国にして 支配する事 それがアメリカの植民地政策でした。

日本は、戦争によりフィリピン人に民族の覚せいを促したのです 負ける事など無いと信じていたアメリカが、極東の小国に負け、捕虜となった事です、フィリピン人は初めて、自分たちと同じアジア人が白人を打ち負かす事が出来るのだという事にきずきました。

特に当時の指導者的立場の クラロ・レクト、ホ セ・ラウレル、ラファエル・アルナン等はすぐに日本を称賛しました。

白人しか持っていないと思っていた戦闘機や戦艦を日本は持っていたのです、フィリピン人にとって強い日本軍と言うのは特別な意味を持っていました。

日本軍の戦いはフィリピン人に愛国運動を形成する機会を与え、そして戦後アメリカが戻って来た時は、戦前の植民地では無くなっていました、民族としての独立と言う方向に国民は目覚めていたのです。

日本の統治4年間と言うものは、どういったものだったのでしょう?

明日に続く。


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posted by マスター at 23:09 | 日記