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2014年07月14日

サッカーのワールドカップ

FIFA・W杯・ブラジル大会は13日、ドイツが6大会ぶり4度目の優勝を飾り幕を閉じた。(優勝監督ヨアキム・レーウ監督は10年間の努力が実ったと喜びを語った)

日本では、熱が冷めたかのようにサポーター姿の若者たちの姿は、もう話題にも上らないが、それにしても リオデジャネイロ州が表彰してくれた日本人サポーターのマナーは立派なトロフィーでした。

それと 皆さんはもう忘れただろうか?

ブラジル・ワールドカップ 日本の初戦の相手(6月25日)コートジボワールと言う国との試合。

私は日本も応援しているが、コートジボワールをアフリカ一の強豪にし、激しい内戦を止めた一人の英雄的なサッカー選手がいる コートジボワールも応援している。

彼の名は デイデイェ・ドログバ と言う選手で、私は彼のフアンであり 応援している中でも大好きな選手の一人である。

ここで少しあまりなじみのない アフリカの国コートジボアールについて 私の知っている事を紹介したい。

アフリカの西側に位置し GD Pは、日本の1/200で2、3兆円 チョコレ-トの原料 カカオを生産する農業国である。

16世紀にヨーロッパ各国が アフリカに進出し 多様な部族がいるにもかかわらず 勝手に境界線を引き支配がはじまった。

国名のコートジボアールの由来は、フランス語で(日本語に直訳すると、象牙海岸と言う意味)この付近の海岸には 奴隷海岸とか コショウ海岸とか 勝手に名前がつけられていたが その一つを国名にしたと言うものだ。

1960年フランスから独立したのは良いが、民族同士が 北部と南部に別れ ぶつかり合う激しい内戦が勃発する。

(コンゴの内戦も、ルワンダの内戦もその名残である)

その戦いは 悲惨を極め 希望の見えない貧困と内戦が続 く、そのさなか一人のヒーローが現れた、それがデイデイェ・ドログバ(現36歳)と言う一人のサッカー選手である。

フランスとコートジボワールの2つの国籍を持っ選手で、フランスのサッカーで大活躍した事で ご存知の方も多いと思うが。

フランス代表で ワールドカップ出場と思いきや 彼は、生まれ故郷のコートジボワールに帰り コートジボワールで代表を目指す。

決して強くは無かったチームを率い、彼自身の活躍で、2005年 ワールドカップ出場権を獲得した。

喜びに沸いている時に どうしても伝えたい事があると ロッカールームに報道カメラ陣を呼び カメラの前で ひざまずき全自国民に呼びかけた。

*コートジボアールの国民の皆さん、今年ワールドカップ出場と言う共通の目標のもと コートジボアールのさまざまな民族が 共存してプレ―出来る事が証明されました。

歓喜によって人びとは団結できます 今ここで 『ひざまずいて お願いします』 どうかお願いです!

豊かなコートジボアールで 内戦が起きるのは許されません 武器を捨ててくださいそして選挙をしましょう。

それで全部が良くなるはずです*

この一言で本当に内戦が一時止まった。(そう報道されました)

南と北の内戦のさなか まだ危険地帯とされた北部(ブアケ)の競技場で試合をなし(水も電気も無い貧弱なスタジアムでの試合で)

自らの得点で勝ち、南北の自国民サポーターが一つになって応援するのを見て 国は一つに成れる と北部の反政府指導者(ソロ)に平和的交渉をすると口頭で約束させ、その成果が実りました。

南北の人民の心を一つにさせる事に成功したのです。

サッカーを通じて 社会貢献を成し遂げた偉大な選手であります。(コートジボアールの国民には神様的存在である)

私はそのことを知り このドログバ選手の大フアンになりました。

(当日の試合 どっちも勝てと応援していたが、結果は皆様の知る所となりました)


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posted by マスター at 23:14 | 日記